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旧佐藤家住宅(福島県指定重文)
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    観月台文化センターという大きい公共施設の駐車場の片隅に、その家は有った。

    全天球画像

    東北道の国見ICから程近い旧佐藤家の立地は、国見ICが建設される昭和47年に取壊しを免れてこの地に移築されたことによる。

    非常に荒々しい、18世紀中頃とされる農家建築のそれは、移築時に建築当初の姿に復原されたものだった。

    現地でもらえるパンフレットには移築前の白黒写真が掲載されている。この写真の旧佐藤家は入母屋造りで、大きさもいまより大きく、庇も低い。もし自分がこの移築前の旧佐藤家住宅に偶然出会ったらその場所からしばし動けなくなってしまうようなオーラが、その小さな写真からは感じられた。

    旧佐藤家住宅には移築当時の主流に沿って、やはりもっとも古いとされる形に復原改修されたのだった。

    昭和47年頃にはまだ生まれていなかったこともあり文献等から当時の様子を想像するのみだが、同時はまだこのような茅葺きの民家はある程度存在していたのではないかと思われる。それ故に、このように江戸時代の姿に戻すことで希少価値を高め、地元の様々な援助を受けるという選択をしたのであろう。迫力ある庇の深い入母屋造りの屋根は当時の建築様式とされるシンプルで庇の浅い寄せ棟造に作り替えられている。

    駐車場の一角に土盛りをし、一段高くなった場所にちんまりと据えられた建物は、そのシンプルな外観とも相まって遠目には茶室のようにも見える。しかし一歩建物に踏み込むと様相は一変する。約26坪の内部の3分の1は土間となっていて、土間から周囲の柱はどれをとっても直線が無い。曲がった材を梁に使うのは民家の特徴だが、柱にまでこのように多用するのは例が無い。まるで踊る柱の盆踊りの中心に自分が立っているかのようだ。

    「なかのま」を含めて3室は床があるが、それらの室の柱はかろうじて四角い断面である。ただし経年による風化や変形が見られる。

    全体として開口部が小さく、「なんど」は真っ暗だ。就寝は全天球画像の「ざしき」で行ったのだろうが、これもまた小さい。

    何気なく見るとあっという間に見終わってしまうような規模の建物なのだが、ディティールには思うところがあった。気になるのは妻側の構造で、桁や柱と屋根組(竹)がしっかり接していないようなのだ。主構造の接合が曖昧なのはこれが庶民の農家だからなのかもしれないが、移築時に入母屋造りを廃した時、きちんと検討して方形造りの屋根を作ったのだろうか。他の事例と比べたいとも思うのだが、なかなかこういった庶民の農家は残存しておらず、モヤモヤしたまま記憶に残っていくのだろう。

    | ウラノイエノケンチクカ | 建築 | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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